大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(ラ)1125号 決定

抗告人 根津高嘉

〈ほか四名〉

右抗告人ら訴訟代理人弁護士 富森啓児

武田芳彦

大門嗣二

木下哲雄

佐藤豊

林百郎

菊地一二

松村文夫

木嶋日出夫

小笠原稔

中島嘉尚

岩崎功

岩下智和

西沢仁志

竹川進一

相手方 平和石綿工業株式会社

右代表者代表取締役 山本康博

〈ほか二名〉

主文

一、原決定中抗告人根津高嘉、同根津松栄に関する部分を取消す。長野地方裁判所昭和五二年(ワ)第二一一号事件について右抗告人らに対し訴訟上の救助を付与する。

二、抗告人中島シヅ、同中島定子、同中島康大の本件抗告をいずれも棄却する。

理由

抗告人らは、「原決定中、抗告人らに関する部分を取消す。抗告人らと相手方ら間の長野地方裁判所昭和五二年(ワ)第二一一号損害賠償請求事件(以下本案訴訟という)について、抗告人らに対し訴訟上の救助を付与する。」との裁判を求め、その理由として別紙のとおり主張した。

当裁判所は、本件記録を検討し次のとおり判断する。

一、抗告人らは、外一一名と共に、相手方らを被告として、現にじん肺に罹患している者もしくはじん肺によって死亡した者の相続人(抗告人らはいずれもこの相続人にあたる者である)として、債務不履行又は不法行為を理由に、それぞれ損害の賠償を請求する本案訴訟を提起している者であるが、右訴訟が抗告人らの勝訴の見込みがないものと認めるに足りる事情はうかがえない。

二、そこで、次に抗告人らが民訴法一一八条にいう「訴訟費用を支払う資力なき者」に該当するか否かについて検討する。

(1)  右にいう訴訟費用を支払う資力がない者とは、訴訟費用を支弁するときは自己及びその家族にとって当該社会において一般人として通常の生活をするに支障を生ずる状態に陥ってしまう者をいうと解するのが相当であるから、右資力の認定にあたっては、具体的には申立人とその家族の家庭生活の維持のため欠くことのできない必要経費額及び予想される訴訟費用額と収入との対比によって判断されるべきである(なお、この場合に予想される訴訟費用額を考慮するにあたっては、民訴法一二〇条所定の訴訟上の救助の対象となる裁判費用に限定して考えるべきではなく、民訴費用法所定の訴訟費用(すなわち右の裁判費用の外にいわゆる当事者費用をも含む)や、さらには具体的事件に応じ、訴訟追行上必要不可欠とみられる訴訟のための必要経費をも含めて考慮されなければならない。)。

ところで、右資力の有無は原則として申立人本人について個々的に判断されるべきではあるが、申立人の生活が自己及びその家族の収入によって維持されている場合であって、その家族が申立人の訴訟追行につき共同当事者となる等訴訟の結果につき直接かつ一体となって経済的利害関係を有する場合等には、特段の事情の認められない限りその家族の収入、資力を加味して判断すべきであって、これを本件抗告人らについていえば、抗告人らはいずれもじん肺によって死亡した者の相続人として共同して本件本案訴訟に及んでいる者であるから、結局は抗告人らの各家族の全収入をもってその資力の認定をするのが相当である。

(2)  次に、当裁判所は、本件本案訴訟が訴額も大きく、その立証活動に科学的専門的諸資料が必要とされる等その訴訟費用が相当高額になることが予想され、これらを抗告人らを含む本件申立人らにおいて負担しなければならないことが推測される事情等から判断して、抗告人らの資力の認定につき、特段の事情の認められない限り抗告人らのその生計をともにする家族一世帯の年収がほぼ三〇〇万円に達しているか否かを一応の基準として決するのが相当であると思料する。

(3)  そこで、以下抗告人ら各世帯の資力につき個々に検討する。

1  抗告人根津高嘉、同根津松栄について

抗告人根津高嘉は亡根津知子の夫であった者、同根津松栄はその長女であり、その長男根津高三、及び亡根津岩子の母の根津そと同一世帯を構成し、共同して本件本案訴訟を提起しているところ、右世帯の昭和五一年度の全収入は合計二七〇万余円(根津その収入を除けば、金二四六万余円となる)と認められ、前記基準に達してはいないことが認められ、無資力者と認めるべきである。

2  抗告人中島シヅ、同中島定子、同康大について

抗告人中島シヅは亡中島九一の妻であった者、同中島定子はその長女、同中島康大はその長男であり、シヅと定子は同一世帯を構成し、康大は肩書住所地で単身生活していることが認められる。しかし、いずれも亡中島九一の相続人として共同して本件本案訴訟を提起し、訴訟結果につき直接かつ一体となって経済的利害関係を有する関係にあるというべきであるから、その資力の有無については右抗告人らの収入を合算して判断するのが相当であるというべきところ、昭和五一年度の右抗告人らの収入の合計は金四三二万余円に達し、前記基準額を大幅に超えていると認められ、右収入によっても実質的には本件本案訴訟の訴訟費用や必要訴訟経費を充分支弁するまでの余剰がないと認めるべき特段の事情も認められない(従って、訴訟費用の一部だけでも訴訟上の救助を付与すべきであるとの抗告理由もこれを首肯するに足りる事情は認められない)。そうとすれば、右抗告人らは無資力者とは認められないというべきである。

三、よって、抗告人根津高嘉、同根津松栄については訴訟上の救助を付与すべきであるから同抗告人らの本件抗告は理由があり、原決定中同抗告人らに関する部分はこれを取消して、右訴訟上の救助を付与することとし、抗告人中島シヅ、同中島定子、同中島康大の本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 小堀勇 小川克介)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例